大判例

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京都地方裁判所 昭和44年(ワ)102号 判決

原告

岡村秀次こと

金相煥

原告

岡村京子こと

鄭京子

原告ら訴訟代理人

吉原稔

吉田隆行

被告

宇治市

みぎ代表者市長

田川熊雄

みぎ訴訟代理人

田辺哲崖

主文

被告は原告らに対し金一五〇万円あてと、これに対する昭和四四年二月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え、原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができ、被告は、金一〇〇万円あての担保を供して仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一、原告ら主張の本件請求の原因事実中、(一)の事実と、被告市が本件プールを設置、管理していた事実は、当事者間に争いがない。

二、原告らは、わが国の国家賠償法によつて本件請求をしている。従つて、同法六条の主張が含まれていると考えられる。

ところで、わが国の国家賠償法六条は、被害者が外国人であるときは、相互の保証のあることが必要であるところ、金秀彰は、国籍が朝鮮であつたことは、当事者間に争いがない。

朝鮮は、北鮮と南鮮とに分裂した異常な事態にあり、わが国は、北鮮政府を法律上も事実上も承認していない。そうすると、朝鮮には、全領土を支配する統一的政府と統一的法規がないのであるから、北鮮と南鮮とを二国とみる限り、朝鮮人は二重国籍者とみることができる。

そこで、国家賠償法六条の相互の保証との関係では、大韓民国国家賠償法七条に相互保証の規定があるから、本件について、わが国の国家賠償法によつて原告らの賠償請求権の有無を判断して妨げない。

もつとも、大韓民国国家賠償法は、定額賠償制度を導入しているので、わが国の国又は地方公共団体の国家賠償責任も、相互保証の規定がある限り、朝鮮人が被害者の場合、定額賠償で足りると解するのが相当である。しかし、大韓民国国家賠償法の運用を詳にし得ないので、本件が定額賠償で足りるとしても、それがどれだけあるのか判然としない。

そこで、この点は度外視して判断を進めるほかない。それが被害者保護のためである。

三、本件プールの設置、管理の瑕疵について

(一)  〈証拠〉省略

(1)  本件プールとその排水口の模様は、別紙添付図面のとおりである。

本件プールの水深は、北、南は一メートルであるが、排水口のところは1.3メートルである。しかし、中学生が利用するので、立つことのできる水深である。

排水口は、プールの水を循環浄化するため設けられたものである。環水管への水流は、毎秒0.9メートルの速さである。

この排水口には、六〇センチメートル四方、厚さ四センチメートルの網の目の鉄蓋がはめられていた。その重さは、空気中で23.6キログラム、水中で19.9キログラムであつた。

この鉄蓋は、中学一年生の男子一人が、水中で移動させることは可能であり、特に、指をかけ引き上げることは容易であつた。これは、中学一年生の男子の背筋力の平均値が82.4キログラムであり、これが水中での不安定な姿勢のため四分の一に減殺されるとしても、20.6キログラムの背筋力が平均値として得られることとの比較による結論である。

本件事故のとき、循環浄化装置は作動していたので、この鉄蓋を斜上方に移動するに必要な力は、一四キログラムで足りた。

(2)  西宇治中学校では、夏休み中、学校のプール以外のプールで水泳することを禁じ、休暇中である昭和四三年七月二二日から八月二三日まで、日曜日をのぞき、毎日在校生の希望者に限つて本件プールを開放した。

このプールの事故防止のため、同校の教諭が二名あて順次監視、監督に当ることにし、学校行事計画表にあげられた。従つて、休暇中のプールの使用は、学校の管理下になされたものである。

(3)  本件事故のあつた昭和四三年七月二三日は、午前中女子が使用し、午後から男子四〇名(一年二四名、二年五名、三年一一名)が使用することになり、午後一時一〇分ごろ準備体操をして第一回目の入水をした。

このとき、すでに排水口の鉄蓋は、完全に閉じられておらず、東側に移動し、排水口の部分が開いていた。

もつとも、これが何時誰が開けたかは判然としない。しかし、少くとも、男子生徒が使用するときには、すでに開いていた。

(4)  そこで、一年生の井上孝、蔵貫某は、二回目に入水した同日午後一時四五分ごろ、危険を予知して相談のうえ、鉄蓋を閉めようとしたが失敗した。

そこへ、金秀彰、矢野桂二郎、梅本保則らがきて、排水口の鉄蓋が開いているのに興味をおぼえ、交替で、頭又は足からこの排水口めがけてもぐつた。そうして金秀彰らは、排水口の底に小石が沈んでいたので、それをもぐつて取つて上がつたりしていた。

(5)  第三回目に入水したのは、同日午後二時二五分からであるが、このときにも、金秀彰らは排水口に向けてもぐつて遊んでいた。本件事故は、第四回目に入水した同日午後三時間なしに起つた。

金秀彰は、排水口の中の環水管に左足膝が吸い込まれて抜けなくなつて溺死したものである。本件事故のとき、循環浄化装置は、正常に作動していた。

(6)  梅本保則は、同年七月中ごろ体育の時間に水泳中、みぎ鉄蓋が開いていたので閉めたことがある。

(7)  学校側は、本件事故後、みぎ鉄蓋に約六六センチメートルの脚を四本取りつけ、鉄蓋を移動させるのを困難にした。

(二)  以上認定の事実から、次のことが結論づけられる。

(1)  本件の鉄蓋は、本件事故前にも開いたままであつたのであるから、学校側は、本件プールの鉄蓋が、移動され、排水口が開いたたままの状態で生徒に水泳させていたことになる。

(2)  この鉄蓋が開いたままで本件プールを使用すると、循環浄化装置が作動している限り、排水口に入つた者が、環水管に吸い込まれる危険がある。従つて、本件プールを使用するときには、この鉄蓋は、完全に閉じられなければならない。

(3)  本件事故の日も、少くとも、午後男子の生徒が使用するとき、すでに、この鉄蓋は開いたままになつていた。

(4)  このようにみてくると、本件プールは、鉄蓋が開いたままになつていた点で、危険な状態になつていたことに帰着する。

(5)  そのうえ、この鉄蓋は、中学一年生男子の背筋力で移動させることが可能であつた。

(6)  そうすると、本件プールを使用する者が、まだ心身ともに成人になり切つていない義務教育中の中学生であることを考えたとき、鉄蓋が生徒の力で移動され、排水口が開いてしまうことのないよう、鉄蓋をたやすく移動しないように設計しなかつた点は、本件プールの設置者の手落である。

そうして、鉄蓋が移動しているままで、本件プールを使用させた学校側に、本件プールの管理に手落があつた。

このように本件プールは、通常具有すべき安全性を欠如していたわけで、これが設置、管理上の瑕疵であるから、本件プールの設置、管理者である被告市は、国家賠償法二条一項によつて賠償する義務がある。

四、損害額について

(一)  金秀彰の逸失利益 金四五〇万円(千円以下切捨)

死亡時の年令 一二歳

就労可能年数 一八歳から六三歳まで四五年

月収 金四万四、七〇〇円ほかに賞与金一四万三、二〇〇円(昭和四三年賃金センサス男子学歴計による)

生活費 二分の一控除

(44,700円×12月+143,200円)×0.5×13,2633(ライプニッツ係数)=4506,869円

(二)  金秀彰の慰藉料 金一〇〇万円

本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、金秀彰の本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料は、金一〇〇万円が相当である。

(三)  相続

原告金相煥は金秀彰の父で国籍朝鮮、原告鄭京子は金秀彰の母で国籍韓国である(成立に争いのない甲第二二ないし第二四号証によつて認める)から、原告金相煥についても、前述した理由で大韓民国民法相続法によることとし、同法一〇〇〇条、一〇〇三条、一〇〇九条を適用し、金秀彰の両親である原告らが、金秀彰のみぎ損害賠償請求権をその二分の一に当る金二七五万円あて相続によつて承継取得したことになる。

(四)  原告らの固有の慰藉料 金一〇〇万円あて

本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、原告らの本件事故による精神的苦痛に対する固有の慰藉料は、金一〇〇万円あてが相当である。

(五)  過失相殺

さきに認定したとおり、金秀彰と同学年であつた井上孝、蔵貫某は、鉄蓋が移動していて危険だと思い、これを閉めようとしたのであるから、金秀彰の年令の者には、排水口が危険な状態になつていたことは十分判り得た。それだのに、金秀彰は、敢えて排水口にめがけて何回も小石を取るためにもぐつた結果本件事故にあつたもので、金秀彰のこの無謀な行為が本件事故の一原因になつたわけである。そこで、当裁判所は、金秀彰の過失を六割と評価し、被告市に対し、損害額の四割の負担を命じることにする。

そうすると、原告らの損害は、各金一五〇万円あてである。

(275万円+100万円)×0.4=150万円

五、むすび

原告らは、被告市に対し、金一五〇万円あてと、これに対する本件訴状が被告市に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四四年二月二八日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いが求められるから、原告らの本件請求をこの範囲で正当として認容し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。 (古崎慶長)

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